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大阪高等裁判所 昭和24年(ツ)22号 判決 1949年11月25日

上告人 被控訴人・被告 英国人ケ・ヱ・ヒラリー

訴訟代理人 古賀元吉

被上告人 控訴人・原告 榎坂英夫

訴訟代理人 前田力

主文

原判決を破棄し、本件を神戸地方裁判所に差戻す。

理由

上告理由は末尾添付の上告趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第一点について。

本件記録をしらべてみると、原審の認定事実中所論の部分は、訴状の請求原因の中にその旨の記載があり、第一審の口頭弁論に於て原告(控訴人、被上告人)がこれに基いて陳述し、(昭和二三年一〇月一四日附口頭弁論調書)第一審判決の事実摘示にもその旨記載せられ、原審に於ては控訴人は右事実摘示のとおり請求原因事実を陳述した(昭和二四年四月一日附口頭弁論調書)ことが明かであるから、原審は決して当事者の主張しない事実を認定したものではない。又原判決にはその認定の資料として、所論の各証拠を挙げて居り、それらの証拠、殊に第一、二審証人安田富造の各証言によれば、原審の認定ができないのではないから、原審が証拠によらないで事実を認定したと云うのも失当であつて、論旨は理由がない。

第二点について。

民訴第三五六条に規定する訴訟防止の為の和解が、一面私法上の和解の性質をもつとともに、他面訴訟行為の性質をもつものであることは、原判決理由に説いてあるとおりであり、又私法上の和解は、当事者が互譲して争を止めることを約する契約であることも論をまたない所であるが、ここに「争」と云うのは、狭く原判決の説くように権利関係についての争、即ち権利関係の存否、内容又は範囲についての主張の対立に限られるのではなくて、もつと広く権利関係についての不確実や、権利実行の不安全をも含むものと解するのが妥当である。この事は例えば、原告の貸金の請求に対し、被告は原告の主張事実を全部認めながら、単に手許不如意の故に請求に応じない場合、分割弁済を認めることによつて、裁判上の和解が成立すると云う、よくある事例と考え合せてみても容易に判ることである。今これを本件についてみると、原審の確定した事実によれば、被上告人は昭和二十三年五月三十一日上告人(被告、被控訴人)から金十五万円を、利息月一割、弁済期同年八月三十日、但し利息を払えば三ケ月宛くりのべ昭和二十四年五月末日まで延長し得る約定で借受け、その債務担保の目的で本件家屋等を同人に売渡し、買戻期限は右弁済期と同様に定め、期限内に買戻をしないときは、上告人の請求の日から一週間たてば、直ちに右家屋を明渡すことを約したが、上告人は右約定について公正証書の作成では満足せず、しきりに裁判所における和解調書の作成を要求したと云うのであるから、本件当事者間には権利関係の存否、内容等についての争はなかつたにしても、少くとも上告人は権利の実行、殊に公正証書では債務の名義とならない家屋明渡の点について不安をもち、その不安を除く為に本件の和解が為されたものと見るのが相当である。そうすると、本件当事者間には、上に述べたような意味で、和解の前提たる争がなかつたとは云えないのであるから、原審が本件和解を、その前提たるべき当事者間の争がなかつたと云う理由で無効としたのは、法律の解釈適用を誤つたものと云わねばならない。

それでは本件和解は有効であるかと云うと、原審の認定した事実によれば、直ちにそう断定することも困難である。なぜかと云うと、本件の貸金は前記のように十五万円であるのに、担保の目的で売渡した物件の買戻金額は三十万円に費用を加えたものとなつて居り、即ち借受の三ケ月後には貸金の倍額を提供しなければ買戻ができないことになるのであるから、もしその物件の価格が三十万円もしくはそれ以上であるならば、貸主は貸付後僅か三ケ月にして、借主から貸金の倍額又はそれ以上の財産的給付を為すことを約束させたことになり、これは著しく過当なものと云わねばならない。そしてもしこのような約束が借主の窮迫、軽卒又は無経驗から出たものであり、貸主がこれを利用して右のような著しく過当な利得を得ようとしたものであるならば、このような法律行為は被上告人が主張しているように、善良の風俗に反することを目的とするものであつて、無効と云わねばならない。(大審院民事判例集第十三卷八七五頁参照)してみると、原審は本件売渡物件の価格が何程であつたか、乃至被上告人の本訴和解の動機がその窮迫軽卒又は無経驗にあつたのではないか等の点につき釈明審理した上で、本件和解の有効無効を判定しなければならなかつたものであるのに、それをしなかつたのは審理をつくさないものと云わなければならない。

要するに原判決は前に説明したように法律の解釈適用を誤り、ひいて審理をつくさなかつたものであるから、民訴第四〇七条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石神武藏 判事 林平八郎 判事 大田外一)

代理人古賀元吉上告趣意書

第一点原判決は其理由に於て「控訴人被控訴人間の神戸簡易裁判所昭和二十三年(イ)第三四号債務弁済方法和解申立事件に於て昭和二十三年五月三十一日控訴人の代理人として弁護士新林茂枝と被控訴人の代理人として弁護士古賀元吉とが神戸簡易裁判所に出頭して(一)控訴人が昭和二十三年五月三十一日その所有に係る控訴人主張の建物及び地上権を代金三十万円で被控訴人に売渡し、控訴人は同年八月三十日までに右代金三十万円に別途に定める費用を提供したときはこれを買戻しすることができる。(二)控訴人は右買戻し期間後は被控訴人が請求した日から一週間は右家屋に居住することが出来るが右期間経過後は直ちにこれを明渡すこと等の条項の下に和解をなし同日その旨の和解調書が作製されたことは当事者に争がない。

しかし原審証人三国健次、原審並当審証人安田富造の各証言及び原審に於ける控訴人本人の供述を綜合すると、控訴人は訴外安田富造の仲介で昭和二十三年五月三十一日被控訴人より金十五万円を利息は一ケ月一割、弁済期日は一応同年八月三十日と定めるが、控訴人が月々遅滞なく利息を支払うときは三ケ月宛繰延べて昭和二十四年五月末日まで延長するという約定で借受けることとし、其の際同人との間に債務担保の目的を以て控訴人所有の前記建物等を被控訴人に売渡し、控訴人が同年八月三十日までに元金十五万円と利息及び費用を提供したときはこれを買戻すことができるし、控訴人が月々遅滞なく利息を支払うときは右買戻期限も弁済期日の繰延べと共に順次昭和二十四年五月末日まで延長するが、しからざるときは被控訴人の請求した日から一週間は右家屋に居住することができるが右期間経過後は直ちにこれを明渡しするという約定をしたこと……を認めるに充分である」と事実関係を認定して居るが、右事実関係に於て本件当事者が昭和二十三年八月三十一日以後に於ける何等かの約定が有つたかの如き認定をして居る点は、(イ)本件当事者の何れも之を主張した事なく、(ロ)各証人も斯る証言をし又は各証人の証言を綜合しても斯る認定を支持するものを発見出来ない。

尤も此事実の認定が判決の結果に如何に影響したかは判決文自体では明かではないが、判決文の理由中に敍上の認定があつて、其後に「以上認定の事実によると云々」とあるのに省て原判決の右認定は、当事者の何れもが主張しない事実を、証拠に拠らずして事実を認定した違法の認定であるに他ならないから此点に於て原判決は破毀せらるべきである。

第二点原判決は其理由に於いて、「起訴前に訴訟防止の目的を以つてする和解は当事者間に争ある権利関係に付て互に譲歩して訴訟を防止することを約する合意で一面私法上の和解たる性質を有すると同時に他面訴訟防止を目的とする訴訟行為たる性質を有するものであるから、右和解は当事者に権利関係について争の存することを前提とするものであることは勿論であるところ、控訴人被控訴人間に前記建物の売買、買戻又は明渡等について何等かの争の存したことは本件にあらわれたすべての証拠によつてもこれを認めることはできないのみならず、かえつて前記認定事実から被控訴人は公正証書によつては建物明渡の強制執行についてその債務名義を得ることができないので、これを得る手段として当事者間に何等権利関係について争がないのにこれあるものとして控訴人に和解の申立をなさしめたものであることを窺うことができる。従つて右和解は私法上から見て無効のものであるから訴訟法上においても無効のものといわざるを得ない」と判示して居るが、

(イ)「右和解は私法上から見て無効」であるとの判示は其趣旨を汲むに苦しむものであつて明かに理由不備である。

(ロ)民事訴訟法に所謂「民事上の争」とは、民事訴訟法第二〇三条に規定する認諾の場合に在つても存するものであつて、法律関係の当事者の一方が相手方の請求を全面的に認諾(債務名義を与へることを含む)する場合に、訴訟を提起せずして、当事者の一方から民事訴訟法第三五六条に拠つて和解の申立をすることは当事者の自由である。然るに原判決が本件の和解の申立に際し民事上の争がないと判示したのは、法律の解釈を誤つて居る。

(ハ)「訴訟法上においても無効」であると云う判示であるか民事訴訟法の如何なる規定に基いて無効であるか不明である。

即ち右の様な点に於て原判決は理由不備法律誤解の違法があるから当然破棄せらるべきものである。

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